医療・科学陰謀論への処方箋 - 禍いの科学:正義が愚行に変わるとき -

人類史においては様々な発見があり、失敗があり。その発見や失敗から人は学び社会を大きく広げてきました。この本は科学史を振り返り、人類が起こしてきた大きな失敗を振り返りつつ「正しい判断をするためにはいかなる姿勢を保つべきか」を示唆する内容を書き記しています。

書籍中で取り上げられている人類科学史の失敗としては以下のものが取り上げられています。

  • 古代から使用されてきた鎮痛剤「アヘン」と正にいま社会問題となっている「オピオイド
  • 植物性でヘルシーと考えられてきたトランス脂肪酸「マーガリン」
  • 現代社会では避けようがない大発明「窒素肥料」とそのリスク、発明者ハーバーの功績と罪
  • メンデルが発見した遺伝の法則と、それが引き起こした大きな過ち(優生学の暴走)
  • 精神疾患への簡易な解決策を求めた人々と、その意思が引き起こした大厄災「ロボトミー手術」
  • 自然崇拝から生まれたゼロトレランス思想の潮流。その結果失われた子供達の命(DDT禁止政策)
  • 権威を持つ人物が権威の使い方を誤った「ビタミンCの神話」

これらの失敗を締めくくる最終章は「過去に学ぶ教訓」。前段までに語られた科学史の失敗を繰り返さないために何を意識すべきかがまとめられてます。最終章の警句だけでも読む価値が高い良書です。

この本を読んでいる最中、様々なSNSにいる陰謀論者のことをふと思い出しました。陰謀論者の一例として反ワクチン派を取り上げると、彼らの主張の中に「安全性が検証できていないからワクチンはダメだ」という趣旨のものがあるかと思います。この本では正しい判断をするためには「データを見ること」が重要で、研究者が公表しているデータ(論文)をよく読むことを勧めています。一方でこの本で取り上げられている失敗の歴史では著名な研究者の研究結果が間違っていることも書かれています。これに対する解決策としては

科学は2本の柱で支えられており、やや信頼できない柱としっかり信頼できる柱がある。最初の柱は査読だ。論文が掲載される前に、その分野の専門家が論文を読んで評価する。残念ながら、この仕組みには欠点があり、専門家の力不足で、ときには問題のあるデータが見過ごされることも起こりうる。そこで頼りになるのが2本目の柱である再現性だ。(MMRワクチンが自閉症のリスクを高めるといった)画期的な大発見を発表する論文が掲載されると、その後の研究で発表された結果が正しいかどうかを検証することになる。

陰謀論を推す人は時々データを持ち出してきますが、それに対しては再現性まで含めて評価して結論を導こうというわけです。理系の大学行けば実験概論なんかで指導されるやつですね(そういう教育を通ってきた人が間違うということを示した本でもありますが)。

ただ、陰謀論にハマる人ってデータで説得は難しい。

陰謀論にハマる人の傾向

これは私見ですが、各種SNS陰謀論に傾倒している人はデータ云々ではなく精神的な優位性を保ちたいがために自説を推し進めているように見えています。声を大きく自説を開陳する人が、漠然とした不安を抱えるマイノリティを束ねていくようなイメージです。

なので陰謀論を吹聴しているリーダー格には「データがおかしい」「再現性はない」というような言葉は届きません。本書は「漠然とした不安を抱えたマイノリティ層」が、声だけ大きい扇動屋に騙されないために読むべき本だと思っています。

「科学的思考」を保つためには

この本の趣旨を一言で言えば「できるだけ正しい判断をするためには何を意識すべきか」です。世論が間違うこともあれば、権威が間違うこともある。そんな混沌とした社会の中で我々は何をもって正しさを求めると良いのでしょうか。

個人的には本書にある「データを見る」「再現性が取れてるか確認する」という基本の2つに加え、「実験手法の正当性(数・質)を見る」「実験結果を検出した手法を見る」「発見者・発表者の属性や背景を調べる」というところを意識しています。

実験の手段・手法の正当性を厳しく見ることでどこまで信用して良いかを測ることができます。

サンプル数の少ない統計は意味がないというような部分です。検出手法を見るところは実験手法とほぼ同じ意味ではあるものの、現在の物性理論・量子論以上の何かが出てきたら常識が覆される可能性があると思っているので、どういう検出器を使ってるのかは抑えときたいなという意識の現れ。

図の下の部分「人を調べる」はとても危うく、本書でも「経歴・実績が立派な人が誤った」「アインシュタインと交友関係があった人でも間違う」という事例が書いてあります。ただ、人間はバイアスを排して他者の意見を聞くことがとても苦手で、どのような結論であっても仮説を立てて臨む傾向にあります。そういうバイアスを認識せずにデータを読むのはとても危険で、しかし同時にバイアスに飲まれないようにするためにも相手を知るというのは重要です。「自分はフラットに物事を見てる」と言い切れる人は危ない。

ひとの背景・歴史・権威というもののバイアスが、個人のセキュリティホールであることを意識しつつデータや理論に挑むということを忘れないようにしています。

まとめ

私の親はオーガニックを信望し、DDTダイオキシンのようなものをとても嫌悪していました。その姿を反面教師として捉えていて、私は「物事の一面だけを見て判断するのはとても危険だ」という意識が強く根付いています。ひとの親をやるようになった今、この本は子供たちの目に止まるところに置いておきたいと思いました。

一番の問題は「陰謀論やオーガニック信仰に走る人はこういう本を読む根性が無い」ってとこですね。テクノロジーでこの課題が解決できないかなと思う昨今です。